認知症、ケア、介護、終末医療の映画を観ていると思ったのは、ほんの最初の数分だった。
濱口竜介監督の新作。舞台はパリ郊外の介護施設「自由の庭」。ベテラン看護師のソフィ、施設長のマリー=ルー、そしてがんと闘う日本人の演出家・真理が出会う。
私は、ソフィで、マリーで、真理だった。
私の中に3人がいる。境目がなくなる感じ。
母国語とフランス語で味わえる贅沢
こんな映画を、母国語とフランス語で味わえる贅沢。
行ったことのあるフランスと、母国日本で展開し、景色、風習、温度、言葉が、とても心地好い。
演劇と掛け合わせるその手法の、抜群の説得力。
近づいてみれば、誰もまともな者はいない
『近づいてみれば、誰もまともな者はいない』——映画の中に出てくる、劇中劇のタイトル。元はイタリアの精神医療改革(フランコ・バザーリア=精神病院を廃止した運動)の標語 "Da vicino nessuno è normale"(近くで見れば、誰も正常ではない)から来ているのだそうだ。この劇中劇こそ、この映画の全てじゃないか——私はそう思った。
演技って、Primitive。身一つでできる芸術だと思う。
最も根源的な表現というか、現れ。
認知症だろうが、自閉症だろうが、ただその生命がある!
一瞬一瞬は、すでに思い出になっている
致死率100%の私達、余りにも短い人生の営み。
皆、小さく弱くなっていく。
生きるって、一瞬一瞬の出来事で、今の瞬間には溶けてなくなり、すでに思い出になっている。
「一瞬一瞬を」って、よく聞く、ちょっと陳腐に聞こえてしまいそうな言葉だけど——今日は泣き崩れてしまいそうだった。
認知の老人たちが、生きている様を観ただけで、何故か感情が高ぶってしまった。
この映画を観ると、まだ美しい映画を沢山観られるかもしれない、という希望を持つ。
こんな映画を味わえるなら、人生、捨てたもんじゃないと思えるほど美しい。
この映画を、誰かと心ゆくまで語り合いたい。
