夜咄のお稽古に初めて参加した。名前は聞いたことがあっても、実際に体験するのは初めて。日が落ちてから始まるお茶事というだけで、なんだか少し胸が高鳴る。
蝋燭の灯りだけで
夜咄は、電気を使わず蝋燭の灯りだけでお茶をいただく冬の茶事。日の短い季節、いちばん長い夜を慈しむような趣向だと聞いた。
露地の石畳に沿って灯された蝋燭が、暗がりの中にぽつ、ぽつと点々と続いていく。その先に茶室の灯りがぼんやりと浮かぶ。こんなにも幻想的だとは思っていなかった。足元を確かめながら一歩ずつ進むうちに、日常の慌ただしさが、すうっと体から抜けていく。
闇の中の茶室
明るさに慣れてしまっている日常の目には、最初は何も見えない気がする。でも少しずつ慣れてくると、蝋燭の光が照らすものだけが、やわらかく浮かび上がってくる。
茶室の中も、お道具も、すべてが蝋燭の揺らぎの中にある。静かで、美しかった。
練切、全く見えず
お菓子は練切。季節を映した、きっと美しい意匠なのだと思う。でも暗くて全く見えない。形も色も、何もわからないまま、手探りで口に運ぶことになって、もはや闇鍋状態。何の花を象ったものだったのか、結局最後までわからずじまい。
味だけを頼りに「これは何だろう」と想像するのも一興ではあるけれど、こらえきれずにクスクス笑いが出てしまったら、それが4畳半にじわじわと広がって止まらなくなった。
本当はもっと神聖な雰囲気なんだろうけど——相変わらず賑やかなお茶時でした。笑